NPO法人再生医療推進センター

No.103 再生医療トピックス

うつ病を引き起こすカギを握るウイルス由来の物質を確認

東京慈恵会医科大学

1.ウイルス由来のたんぱく質と腸内細菌由来の物質

東京慈恵会医科大学の研究チームが、過労や強いストレスがうつ病を引き起こす鍵を握るウイルス由来のたんぱく質を確認したとの報道を受け、当再生医療推進センターのNo.71 再生医療トッピクス「腸内細菌 5,000人のデータベースの構築」の中で取上げました「腸内細菌と自己免疫疾患」のことが思い浮かびました。

腸内細菌の一つであるクロストリジウム菌は、腸内の食物繊維を食べ、酪酸を放出し、この物質は、腸に集まってきている免疫細胞に「落ちつくように」というメッセージを伝える役割を担っています。このメッセージ物質を免疫細胞が受け取ると、Tレグ(制御性T細胞)という特別な免疫細胞になります。このTレグは、他の免疫細胞の過剰な攻撃を抑える役割を持つことが明らかにされました。Tレグの働きで、体中で過剰に活性化し、暴走している免疫細胞を抑えて、自己免疫疾患が抑えられていることが解明されつつあります。ウイルス由来のタンパク質がうつ病発症の鍵を握るという研究成果をご紹介いたします。


2.うつ病

厚生労働省の「知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス1)」から引用させていただきました。うつ病とは“「憂うつである」「気分が落ち込んでいる」などと表現される症状は抑うつ気分と言われます。抑うつ状態は抑うつ気分が強い状態です。精神医学では抑うつ状態という用語を用いることが多いようですが、このようなうつ状態がある程度以上、重症である時、うつ病と呼ばれています。”と解説されています。

うつ病は原因に基づいて、外因性あるいは身体因性、内因性、心因性あるいは性格環境因性と分ける場合があるようです。身体因性うつ病とは、アルツハイマー型認知症のような脳の病気、甲状腺機能低下症のような体の病気、副腎皮質ステロイドなどの薬剤がうつ状態の原因となっている場合です。内因性うつ病は、普通は抗うつ薬がよく効き、治療しなくても一定期間内によくなるといわれています。躁状態がある場合は、双極性障害と呼ばれます。心因性うつ病は、性格や環境がうつ状態に強く関係しており、抑うつ神経症(神経症性抑うつ)と呼ばれることもあります。

日本人4,130名を対象とした「こころの健康についての疫学調査に関する研究」によりますと、うつ病は生涯のうちに6.1%、約16人に1人が経験するそうです。うつ病は珍しい特別な病気ではなく、だれでもなる可能性がある病気です2)。親しい人の死や病気など、悲しい、苦しい出来事がストレスとなり、うつ病を引き起こすことがあるそうです。また、昇進や結婚、こどもの独立など明るい出来事の場合でも、ご本人にとってはストレスと感じられることがあり、そうした出来事がうつ病の原因となることがあるそうです。

内因性うつ病はうつ状態が一定期間持続し、治療しなくても軽快するといわれますが、環境のストレスなどが引き金になる場合もありますが、何も原因となることがないまま起こる場合もあるそうです1)。この種のうつ病では、セロトニンやノルアドレナリンなどの脳内の神経伝達物質の働きが悪くなっていると考えられています。これはセロトニンやノルアドレナリンに作用する薬がうつ状態に効くことに起因しており、かならずしも実証されていないそうです。身体因性うつ病や性格環境因性うつ病のように、原因が考えられるうつ状態でも、セロトニンやノルアドレナリンが関係しているかどうかは、まだはっきりしていないと考えたほうがよいとされています。


3.うつ病の引金物質を確認

東京慈恵会医科大学の近藤教授らの研究チームは、過労や強いストレスがうつつ病を引き起こす鍵を握るウイルス由来のたんぱく質を確認したと発表しました3)(2020年6月15日)。このウイルス由来のたんぱく質は、うつ病の発症リスクを大幅に高めるとのことです。同たんぱく質の存在が確認された人は、確認されなかった人に比べ12.2倍うつ病になりやすかったとしています。同研究チームはうつ病の血液検査法の開発や発症の仕組みを調べる手がかりになると期待しています。

同研究チームはこれまでに、疲労とウイルスの関係を調べ、疲労が蓄積すると唾液中に「ヒトヘルペスウイルス(HHV)6注1)」が急増することを突き止めていました。このHHV6は、乳幼児の病気である突発性発疹の原因ウイルスであり、ほぼ全ての人が乳幼児期に感染し、その後ずっと、体内に潜伏感染しているそうです。普段は休眠していますが、体が疲れるなどしますと、言うなればHHV6が宿っている体(宿主)に危機が迫っているということになります。HHV6は目覚め、今の宿主から別の宿主に移ろうとして、HHV6型のヘルペスウイルスは暴れ、そして唾液中に出てくるそうです。その一部が口から鼻へ逆流する形で、においを感じる脳の中枢である嗅球に到達し、再感染を起こしていたそうです。

近藤教授らは、再感染すると、嗅球で「SITH1」というたんぱく質が作られ、この働きで脳細胞にカルシウムが過剰に流れ込み、死んでいくことを培養細胞やマウスの実験で突き止めました。さらに、嗅球の細胞死によって、記憶をつかさどる海馬での神経再生が抑制されていたそうです。ストレス状態に置かれたマウスが、状況から逃げる行動を諦めるまでの時間を計る「うつ状態モデル」とされる実験では、嗅球でこのたんぱく質が作られるようにしたマウスは通常のマウスより早く諦め、抗うつ剤を与えると、通常マウス並みに戻ったそうです。

一方、患者さん84人と健康な人82人の血液でこのタンパクが存在しているかどうかを調べるために、「抗体」を調べたところ、健康な人では24.4%しかSITH-1は働いていなかったのに対し、うつ病の患者さんでは79.8%でSITH-1が強く働いていることを明らかになりました。

こうした結果から、同研究チームによりますと、過労やストレスからうつ病が発症する経緯を

  1. ①過労などでHHV6が唾液に出る
  2. ②嗅球に再感染し、SITH1を作る
  3. ③SITH1によって嗅球や海馬などで脳細胞の状態が激変する
  4. ④意欲減退などが起きる

という流れではないかと推論しています。

近藤教授は、「過労がうつ病につながるということは当たり前のようで、実はこれまで立証されていなかった。発症の仕組みの一端が見えたことで、うつ病の本態の解明につながれば」と語られています。

以上のように、乳幼児に突発性発疹の原因になるHHV6型のヘルペスウイルスはうつ病と過労を繋げるものであることが最近の研究によって示唆されました。今後、うつ病の新たな治療薬の開発やうつ病の更なるメカニズムの解明が進むことが期待されます。


4.うつ病と再生医療

我が国のうつ病に対する再生医療等による研究あるいは治療を提供している医療機関について、厚生労働省のウエブサイト4)によって、調査しましたが、確認できませんでした。また、再生医療実用化研究事業のもとで研究開発支援中の臨床研究ならびに治験課題5)(2019年12月現在の情報)、について調べましたが、見当たりませんでした。

海外では、アメリカのベンチャー企業であるNeuralStem社は胎児神経脊髄から採取した神経幹細胞を使って、脳卒中、脊髄損傷、ALSなどの治験を進めているそうですが、その強みを生かして幹細胞増殖に効果を有する薬剤の開発も行い、NSI-189と名付けた神経幹細胞特異的化合物を開発し、アルツハイマー病を含む様々な精神疾患を対象に治験を進めているそうです。マサチューセッツ総合病院において、NSI-189のうつ病に対する効果を調べるための治験が行われたそうです6)


(用語解説)


(参考資料)

  1. 厚生労働省ウエブサイト:知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス うつ病
  2. SHIONOGIウエブサイト:うつ病-うつ病治療をはじめる患者さんとご家族の方へ
  3. 朝日新聞DIGITAL:うつ病の「引き金」物質を確認 名前の由来はあの敵役、2020年6月15日
  4. 厚生労働省ウエブサイト:再生医療等提供機関一覧
  5. 国立研究開発法人:日本医療研究開発機構:適応部位からみた臨床研究・治験の状況、再生医療研究開発2020、p7
  6. AASJウエブサイト:うつ病の神経幹細胞を増殖させる薬剤の治験、2015年12月11日

(y. moriya)