NPO法人再生医療推進センター

No.102 再生医療トピックス

アルツハイマー病の超早期細胞死の解明

アミロイド仮説を修正する病態発症の新仮説 東京医科歯科大学

本再生医療推進センターの再生医療トッピクスNo.86で、京都大学iPS細胞研究所の井上教授らの研究グループが、アルツハイマー病などの認知症の原因とされる異常化したたんぱく質、タウの蓄積を抑える点鼻ワクチンを開発されたことをご紹介しました。東京医科歯科大学の岡澤教授らの研究グループがアミロイド仮説注1)を修正する新たなアルツハイマー病態仮説を発表されました(2020年1月22日)。興味深く、そこで当該研究を再生医療トピックスで取上げました。

併せて、アミロイド抗体を用いた臨床試験に関して、エーザイ(株)とバイオジェン社はアルツハイマー病治療薬候補であるアデュカヌマブが米国食品医薬品局に優先審査の指定を受けたことも記しました。また、アルツハイマー型認知症に対する再生医療等提供機関及び再生医療等の名称についても取上げました。

また、次回以降の再生医療トピックスで、うつ病の引金物質を確認したとする東京慈恵会医科大学の研究、そして統合失調症患者・双極性障害患者においてセロトニン関連遺伝子にDNAメチル化変化が起きていることを確認したとする熊本大学および東京大学の研究についてご紹介する予定です。


1.アルツハイマー病の超早期細胞死の解明

1-1 研究の背景

細胞の内部や外部に異常タンパク質が蓄積することが、アルツハイマー病を初めとする神経変性疾患の病理学的な特徴とされています。アルツハイマー病では、細胞外にアミロイドβ注2)と呼ばれる異常ペプチドが沈着する老人斑と、細胞内にタウタンパク質が凝集する神経原線維変化の2つが起こることが知られています。

今までに、数多くの治療法が取組まれてきましたが、十分な有効性を示す開発はありませんでした。アミロイドβに対する抗体医薬品の臨床試験が国際的な規模で行われてきました。臨床試験の結果、脳内のアミロイドβの除去はできましたが、患者さんの症状の改善は認められませんでした。これらの臨床試験などの結果から、発症後から治療を開始するのでは遅く、発症前にアミロイドβ抗体療法を始める、あるいは、脳内の細胞外アミロイドβ凝集が起きる前の早期に生じる脳内分子変化を解明して、新たな分子標的に対する治療を開発する必要があると考えられるようになってきました。

ただ、アミロイド抗体を用いた臨床試験で、エーザイ(株)とバイオジェン社は、2020年8月7日、アルツハイマー病治療薬候補であるアデュカヌマブ注3)について、バイオジェンによるBiologics License Application(BLA:生物製剤ライセンス申請)が米国食品医薬品局に受理されたことと発表しました1)。当該申請は、優先審査の指定を受け、審査終了目標日は2021年3月7日に定められましたとしています。承認された場合、アデュカヌマブはアルツハイマー病治療薬の臨床症状の悪化を抑制する初めての治療法となり、かつアミロイドβの除去が臨床結果の改善をもたらすことを初めて実証した薬剤となります。

1-2当該研究の概要

東京医科歯科大学難治疾患研究所/脳統合機能研究センター神経病理学分野の岡澤教授の研究グループは、東京都健康長寿医療センター、名古屋大学、自治医科大学、慶応義塾大学、国立精神神経医療研究センター、国立シンガポール大学、バロー神経学研究所などのグループとの共同研究で、アミロイドβ細胞外凝集の出現前の超早期段階に生じる細胞死が、その後のアルツハイマー病態進展の鍵を握ること、また、この細胞死を標的とする治療法(発症後にも適応可能)の開発が可能であることを実験的に示すことができたと発表しました2)(2020年1月22日)。

HMGB1注4)ネクローシス注5)というタイプの細胞死を起こした時に放出されることが知られています。同研究グループが患者さんの髄液中のHMGB1を測定したところ、アルツハイマー病として診断される時期の髄液よりも、軽度認知障害(MCI)の時期の患者さんの髄液の方が、HMGB1がより高い値であることが明らかになりました。このことは、発症前にすでに細胞死が起きていることを示唆しています。

これらを踏まえ、アルツハイマー病の2種類のモデルマウスを用いて、当該研究で開発したpSer46MARCKS抗体で進行中の神経細胞ネクローシスを検出する技術によって、現在進行形のネクローシスを定量したところ、認知機能障害を起こすより前に、なおかつ、細胞外アミロイド蓄積が見られる前から、ネクローシスが盛んに起きていることが明らかになりました。そして、進行中ネクローシスは、発症前にピークがあるものの、発症後にも続いているということも示唆されました。

また、ゲノム編集技術を用いてアルツハイマー病遺伝子変異を導入したヒトiPS細胞をから分化作成したヒト・アルツハイマー病ニューロンの詳細な観察から、このようなネクローシスは細胞内アミロイドがYAP注6)と呼ばれるタンパク質を巻き込んで、YAPの細胞生存維持作用が奪われるために生じる新しいタイプのネクローシス(TRIAD)であることを明らかにしました。加えて、同研究ではネクローシスを引き起こすYAP機能障害を正常化する目的で、遺伝子治療によるYAP補充をアルツハイマー病モデルマウスに対して行ったところ、TRIADネクローシスの抑制、認知機能改善および細胞外アミロイド蓄積の抑制が観察されたとしています。

当該研究により、

  1. ①細胞内アミロイド蓄積に始まるネクローシスの結果として細胞外アミロイド凝集が起きること
  2. ②細胞内アミロイド蓄積に起因するネクローシス過程およびネクローシスを起こした細胞の周辺神経細胞が起こす二次的細胞死過程が神経機能障害を引き起こしていること
  3. ③細胞内アミロイド蓄積がきっかけとなるネクローシスは、YAP機能低下に起因する新しいタイプのネクローシスであること
  4. ④YAP機能回復を基盤とする遺伝子治療等の治療開発が今後可能であること
  5. ⑤髄液HMGB1量がアルツハイマー病の発症前分子マーカーとして開発しうる可能性

などが明らかにされました。


2.アルツハイマー型認知症に対する再生医療等提供機関及び再生医療等の名称

厚生労働省のウエブサイトから、再生医療等提供機関の名称や再生医療等の名称が確認できます。確かめられる内容は、

  1. ①再生医療等提供機関の名称及び住所並びに管理者の氏名
  2. ②提供する再生医療等及び再生医療等の区分
  3. ③再生医療等提供計画に記載された認定再生医療等委員会の名称
  4. ④再生医療等を受ける者に対する説明文書及び同意文書の様式
  5. ⑤法第22条又は第23条の規定による命令の内容

などです。

以下は、同ウエブサイトからアルツハイマー型認知症に対する再生医療等提供機関及び再生医療等の名称を記載したものです(2020年8月18日現在)。研究及び治療共に自家脂肪幹細胞が利用されています。治療等に関する情報は、各医療機関が提出された提供計画にある説明文書や同意書などで知ることができます。

2-1 第二種再生医療等・研究に関する提供計画3)

  1. ①自家脂肪由来間葉系幹細胞を用いたアルツハイマー型認知症の探索的研究
    医療法人社団くどうちあき脳神経外科クリニック(東京都大田区)

2-2 第二種再生医療等・治療に関する提供計画4)

  1. ①アルツハイマー型認知症に対するヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を用いた治療
    医療法人社団恵仁会なぎ辻病院(京都市)
  2. ②自家脂肪由来間葉系幹細胞を用いたアルツハイマー病の治療
    医療法人社団禮聖会 トリニティクリニック福岡(福岡市)

(用語解説)


(参考資料)

  1. エーザイ(株)ニュースリリース:アデュカヌマブ、アルツハイマー病治療薬としてのBLA申請が米国FDAに受理され、優先審査に指定、2020年8月11日
  2. 東京医科歯科大学プレスリリース資料:アルツハイマー病の超早期細胞死の解明と新たな治療標的を発見 -アミロイド仮説を修正する病態発症の新仮説を提唱-、2020年1月22日
  3. 厚生労働省ウエブサイト:届出された再生医療等提供計画の一覧、第二種再生医療等・研究に関する提供計画
  4. 厚生労働省ウエブサイト:届出された再生医療等提供計画の一覧、第二種再生医療等・治療に関する提供計画

(y. moriya)