NPO法人再生医療推進センター

再生医療相談室 回答ページ No.372


専門分野: 幹細胞など基礎

Q: 万能細胞のがん化について

 「未分化な万能細胞を移植すると奇形腫という一種の腫瘍を形成するが、いわゆる悪性腫瘍を形成するがん化とは異なる」、と書かれてございます。それぞれのがん化について、どこがどのように異なるのか、生物学的、医学的など多角的方面からお教えいただければと存じます。よろしくお願い申し上げます。

掲載日: 2009.5.1

A:

 「未分化な細胞」の「がん化」についてのご質問ですが、ES細胞やiPS細胞などの幹細胞を元にして作った細胞を移植した際の安全性とも関連する事項ですので、言葉の意味を中心にまとめておきたいと思います。
まず、一番広い意味で、細胞が無秩序に増殖して正常では起こらない状態になったものを「腫瘍」と言います。逆に言うと、正常の細胞の多くは必要に応じて増殖しますが、必要が無くなれば自然に増殖が止まります(例えば肝細胞は肝臓を切除した後に増殖して肝臓の再生が起こりますが、肝臓が正常に近い大きさに戻ると自然に増殖が止まります)。
次に、腫瘍は「良性腫瘍」と「悪性腫瘍」に分けられます。このうち悪性腫瘍は、周囲の正常組織に浸潤性に(正常な構造を破壊して)増殖し、血流やリンパの流れに乗って離れた組織(例えば肺や肝臓、周囲のリンパ節など)に転移する性質を持っている腫瘍です。一方、良性腫瘍は、次第に大きくなりますが、周囲組織との間にはっきりした境界があって、これを圧迫することはあっても浸潤することはありませんし、転移もしません。
悪性腫瘍はさらに、上皮組織(例えば、皮膚、消化管の粘膜など)から発生する「癌腫」と上皮以外の組織(例えば、骨、筋肉、脂肪など)から発生する「肉腫」に分類されます。
以上が医学的な腫瘍の分類です。従って、医学用語で「癌」という場合は、上皮性悪性腫瘍のことで、厳密には白血病(造血細胞が腫瘍化したもの)や骨肉腫(骨のような組織を含む非上皮性悪性腫瘍)は含みません。しかし、世間一般で言われている「がん」という言葉は、多くの場合、広く悪性腫瘍全体に対して使われます(例えば白血病は「血液のがん」というように)。ただ、いずれの場合でも「がん」は悪性腫瘍であって、進行すると浸潤、転移して生命を脅かすものであるということです。
さて、ES細胞やiPS細胞は未分化な細胞です。この「未分化」という意味は、大人の体を形成している色々な細胞が有している特徴(例えば、神経細胞のように突起を伸ばしたり、心筋細胞のように自動的に収縮したり・・・)が無く、条件を整えればその姿のままで増殖を続けるのですが、条件が変わると色々な種類の細胞に分化する能力がある(多分化能)、ということです。そして、この多分化能を有することの証明として、「移植すると奇形種を形成する」ことが検討されます。奇形種は、上皮性(皮膚、粘膜など)や非上皮性(骨、軟骨、脂肪など)の各種の組織が無秩序に集まった組織の塊で、ES細胞やiPS細胞を移植してこのような組織ができたということは、最初の細胞が各種の細胞に分化したこと(多分化能)を証明したことになります。ただ、ここで確認しておかなければいけないことは、奇形種は、無秩序に増殖すると言う意味で腫瘍ではありますが、多くの場合は、周囲組織に浸潤したり遠くの組織に転移したりすることはありませんので、悪性腫瘍(世間一般でいわれる「がん」)とは言えない、ということです(もちろん、悪性腫瘍が絶対に発生しないとも言い切れませんが・・・)。
以上が、ご質問に対するご回答にある、『「奇形種」という一種の腫瘍を形成しますが、これは細胞の広い分化能力を示すもので、周囲の組織へ浸潤したり遠くの臓器へ転移したりするいわゆるがん化(悪性腫瘍を形成すること)ではありません』ということの説明です。
以下は今回のご質問とは直接関係ありませんが、以上のことを確認した上で、ES細胞やiPS細胞から作った細胞(例えば神経細胞)を治療(例えば脊髄損傷の治療)に用いるために移植した場合のリスクを改めて考えてみます。出来上がった細胞を詳しく調べて、ほとんど全ての細胞が十分に分化した細胞(例えば神経細胞)であって、ES細胞のような未分化細胞が含まれている証拠が無いとすれば、このような細胞(実際には最低でも百万個ほどの細胞の集合)は移植できる可能性があるのですが、だからといって、個々の細胞の遺伝子異常や分化状態を全て調べる手段はありませんので、混入した少数の比較的未分化な細胞が奇形種のような腫瘍を形成する(これを世間一般には「がん化」と言う場合があるようですが、正しくは「腫瘍形成」と言うべきだと思います)という可能性を否定できる訳ではありません。実際、今のところはこのような危険性を完全に否定する手段はありません。現実に確認できることは、十分に分化した(と思われる)細胞を免疫不全マウス等に移植する実験を数多く繰り返して、百回あるいは千回行っても(何回なら満足できるかは決まっていませんが・・・)腫瘍形成が無かった、という実験結果であって、それによって、「腫瘍形成の危険性は高くない」と認める以外にはないと思われます。
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