NPO法人再生医療推進センター

No.33 再生医療トッピクス

脊髄損傷に対する再生医療等の様々な取組(3)

脊髄損傷に対する再生医療等を活用した取組について、3報に分けて紹介してまいりましたが、最終報では、特定抗体、iPS細胞を用いた基礎研究と慢性期脊髄損傷に関する情報及び再生医療との相乗効果に関する取組について紹介致します。


1.再生医療の取組

1.1 特定抗体とiPS細胞 (マウス)

岡山大大学院の西堀教授(薬理学)、九州大大学院の中島教授(神経科学)らの研究グループが脊髄を損傷した直後のマウスに特定の抗体を投与し、その後にiPS細胞から作った神経のもととなる神経幹細胞を移植すると、高い運動機能回復効果があったと、米科学誌ステムセルズ電子版に発表しました(2018年3月8日)1-2)。同研究では人為的に脊髄を傷つけて後ろ脚にまひが残ったマウスが使われました。西堀教授が開発した、炎症を促進するタンパク質「HMGB1」に対する抗体を損傷5分後と6時間後にそれぞれ投与し、1週間後にiPS細胞から作製した神経幹細胞を移植しました。


損傷から12週間後に後ろ脚の運動機能を点数化して評価すると、全く治療しなかった個体に比べて数値が2倍強となり、後ろ脚を地面について歩けることも確認しました。一方、自然治癒に任せた個体は脚を引きずったままでした。同研究グループは、HMGB1抗体が炎症を抑えることで、神経幹細胞が神経回路を修復する働きを高めたと考えています。抗体投与と細胞移植のいずれか単独でも運動機能は回復したようですが、西堀教授は「両方を組み合わせると相乗効果が得られ、人への新たな治療戦略につながる可能性がある。今後、損傷からどのぐらいの時間まで抗体の投与が有効なのかを調べたい」としています。損傷から間もない急性期の投与による効果のため、患者さんが多い慢性期でも効果があるかが期待されます。


1.2 慢性期脊髄損傷

脊髄損傷患者さんの集まりである「NPO法人日本せきずい基金」は専門家を講師に迎え、講演会「Walk Again2017 脊髄損傷の革新的な医療をめざして、新しい法体系と再生医療」を開催しました(2017年10月7日)3)。講師の1人である慶應義塾大学の岡野栄之教授らがヒト胎児由来の神経幹細胞の移植によって脊髄損傷のモデル動物の運動機能を回復させることを発表して以降、脊髄損傷の再生医療の研究拠点の1つです。倫理的な問題があり、臨床応用は進められない状況にありました。この状況はiPS細胞の誕生で変わりました。


日本せきずい基金の大濱眞理事長は登壇する専門家らに2つの質問を投げかけられました。第一は、「いつ臨床研究が始まりますか?」、第二は「慢性の患者さんを対象にできますか?」でした。この時点ではまだ、臨床研究に承認がでておらず、専門家らは臨床研究開始時期を明言されなかったそうです。おそらく2018年にまず亜急性期の患者を対象にiPS細胞由来神経幹細胞の臨床研究が始まることであろうと(第1報で紹介しましたが、2019年2月に臨床研究は了承されました)述べられました。その次が慢性期の患者さんを対象とした研究であり、トレッドミル歩行訓練などのリハビリ技術との併用などのプロトコールも検討されているとのことです。


講師のひとりであったサンバイオ(株)の森敬太社長は、脳梗塞を神経再生細胞SB623で治療した治験の結果を症例と共に示しながら、「再生医療でなければできない治療を進めたい」と慢性期患者の治療に意欲を述べておられました。中枢神経の変性疾患を再生医療で治療するこれらの治療は脊髄損傷にとどまらず、アルツハイマー病やパーキンソン病など、社会の高齢化に伴い急増中の疾患の治療に応用されつつあります。


1.3 再生医療との相乗効果を期待

日本脊髄障害医学会は再生医療と組み合わせる統一的なリハビリプログラムの作成を始められました4-5)。2-3年後に完成させ、全国の医療機関での活用を目指されています。脊髄損傷をめぐっては、既にご紹介しましたように、再生医療を応用して傷ついた神経を修復する治療、臨床研究が開始されています。その治療効果を高めるためのリハビリ法は、病院によってまちまちで一定の手順がないとされています。


責任者を務める慶應義塾大学の中村雅也教授(第1報で紹介しましたが、同大学医学部の岡野教授らと亜急性期脊髄損傷に対する iPS 細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療の臨床研究を開始)は「再生医療との相乗効果を促す新たなリハビリが必要。全国の医療機関で使える土台となるプログラムを作りたい」と話されています。神経が傷つくと、再生医療で修復してもすぐに運動機能は回復しないと考えられ、リハビリを行うことが重要になります。病院によってリハビリの内容が違うと再生医療の治療効果に差が出てしまう恐れがあることから、統一したプログラムを作ることにしたとのことです。2017年から脊髄損傷の治療やリハビリの経験が豊富な6、7施設のグループで検討を開始し、安全性や効果を確認する臨床研究を年内に実施する計画です。


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図1 脊髄損傷に対する再生医療等取組一覧


(参考資料)

  1. 山陽新聞デジタル:抗体とiPS細胞で機能回復顕著 岡山大院教授らマウス実験で確認、2018年3月8日
  2. 西日本新聞:脊髄損傷後の機能改善に効果大 幹細胞移植と抗体投与併用で 九大グループ マウス実験で証明、2018年3月26日
  3. 小崎丈太郎:iPS細胞の供給再開を待ちわびる人々、日経バイオテクONLINE Vol.2780、2017年10月11日
  4. SankeiBiz:日本脊髄障害医学会 再生医療との相乗効果期待 運動機能回復へ統一プログラム、2018年4月16日
  5. 産経ニュース:「再生医療後」を見据え 研究進む脊髄損傷リハビリ、2018年4月24日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)