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再生医療用語集
No.88 再生医療トッピクス

ES細胞由来の肝臓の細胞を赤ちゃんに移植
治療は成功

世界初 国立成育医療研究センター

今朝(2020年5月21日午前5時)、NHKおはよう日本という報道番組で「ES細胞から作った肝臓の細胞を赤ちゃんに移植」について、移植治療が成功したことを報じました1)。同移植については、当センター再生医療トピックス、「No.21 ES細胞 臨床研究の動き 乳児の重症肝臓病に移植の臨床研究(2019年3月12日)」でご紹介しました。それから1年有余、移植は無事に成功、赤ちゃんは9週間後に退院され、2020年3月にお父さんからの肝臓の移植を受け、その後順調に成長されているとのことです。


1.ES細胞(Embryonic Stem cell:胚性幹細胞)について

再生医療トピックス、No.21からの引用となりますが、胎児と呼ばれる前の細胞の集合体で、受精卵が6-7回分裂して100個ほどの細胞の塊となった胚盤胞、この胚盤胞の内部細胞塊の細胞を取出して、培養して作製されたものがES細胞です。胎盤にはなれませんが、神経細胞、血球、心筋など体のあらゆる細胞になる多能性を有しています。


1981年に英国の生物科学者マーティン・エバンス氏らは、マウスの胚盤胞の内側にある細胞を取出し、それを試験管の中で培養する条件を突き止めました。1998年に米国のジェームズ・トムソン氏がヒトのES細胞を作製することに成功しました。ヒトES細胞は移植する細胞や組織の供給源となり得るため、再生医療の切り札とされてきました。しかし、ES細胞の実用化にあたり、倫理問題と拒絶反応の問題が壁として立ちはだかります。この拒絶反応を克服するのがヒトクローンES細胞です。2013年、米国のミタリポフの研究チームは体細胞ヒトクローンES細胞の作製に成功しました。


日本では2001年の国の指針でES細胞の使用を基礎研究に限定しましたが、2014年に国は指針を改め、治療を目的とした研究利用が可能になりました。京都大学は2018年5月に、再生医療に使う人のES細胞を企業や大学などに配布すると発表しました。今回の臨床試験をされた国立成育医療研究センター注1)もヒトES細胞樹立機関として認定を受けました。ES細胞の治療研究も国内で進めば、体性幹細胞、iPS細胞と高めあうことで再生医療の進展に弾みがつきます。そして、ヒトES細胞の登場から21年、我が国おいて、世界初のES細胞由来の肝臓移植が行われました。


2.ES細胞由来の肝臓の細胞を赤ちゃんに移植

ES細胞から作製した肝臓の細胞を難病の赤ちゃんに移植し、治療することに成功したと、国立成育医療研究センターが発表しました(2020年5月21日1)-2)。同研究センターによりますと、ES細胞から作った細胞の移植は国内で初めてで、肝臓への移植は世界初だそうです。同研究センター臓器移植センターの笠原センター長、福田診療部長らの医療チームは2019年10月21日より、肝臓で特定の酵素が働かないためアンモニアを分解できず、死に至ることもある難病である「尿素サイクル異常症」の生後6日目の赤ちゃんに、同センターで作製したヒトES細胞由来の肝細胞(HAES)を使い、移植を行ないました。尿素サイクル異常症は、根本的な治療は肝臓移植しかありません。赤ちゃんの場合、体重が6キロほどに成長する生後3か月から5か月ごろまでは肝臓移植が受けられないため、その間の治療が課題になっていました。HAESを肝臓の血管内に注射する肝細胞移植は、赤ちゃんが根治療法として肝移植を行える生後3~5カ月に成長するまでの橋渡しの治療としての役割を担うことになります。


同医療チームはES細胞から作った肝臓の細胞1億9000万個をへその緒の血管を通じて、赤ちゃんの肝臓の血管に届くように移植しました。移植後、赤ちゃんは血液中のアンモニアの濃度は平常値となり、9週間後に退院できたということです。赤ちゃんはその後、2020年3月に父親から肝臓移植を受け、順調に成長しているということです。今回、HAES移植をヒトに対して行った臨床試験として世界で初めて成功し、次の治療である肝移植も無事に終えることができました。これは、HAESの移植により、患者の血中アンモニア濃度の上昇が抑えることができたためと考えられています。


新生児に対する肝移植は、技術的にも難しく、また移植により呼吸不全や肝臓の圧迫による血流障害などの生命に関わる重篤な合併症を起こすことが多くあるので、安全に移植することが可能な体重6キログラムまで、患者さんが成長するのを待って肝移植が行われるそうです。尿素サイクル異常症は、先天性疾患で出生後まもなく発症することから蛋白摂取制限、薬物療法、血液濾過透析による治療を行いながら、肝移植ができる体格まで待機しなければなりません。


この待機期間をより安全にするために、発症直後の新生児期に肝細胞移植をすることによって、血中アンモニア濃度の上昇を抑える治療が必要となります。しかし、脳死肝移植ドナーからの肝細胞を利用できない我が国では、肝細胞移植の細胞供給源として、安定した品質の肝細胞を安定供給することが、この病気の最大の課題です。同センターは、新たな細胞供給源としてほぼ無限に増殖させることが可能なヒトES細胞由来の肝細胞に注目しました。ヒトES細胞を、肝細胞に分化誘導した状態で凍結保存しておくことで、緊急の移植にも対応が可能となります。そして、安全性と有効性を検証するための今回の臨床試験が成功したことで、今後は肝移植まで辿り着けなかった幼い命をより安全に肝移植までつなげられることが期待されます。同医療チームは、安全性や効果を確かめる治験として、今年度中にさらに3例ほど移植を行って、広く使える治療にしていきたいとしています。


最後に赤ちゃんのご家族からのメッセージの一部をAMEDプレスリリースより引用してさせていただきます2)

「初めに、我が子が今回の治療を受けることができ無事に元気よく退院できたことに対し、心より感謝申し上げます。先生方、看護師の皆さま、病院スタッフの皆さま、研究者の皆さま、関わってくださった全ての皆さま、ありがとうございます。私たちの体験をお話します。私たちは、我が子が無事に生まれた感動から間もなく突然その症状はおき、絶望に襲われました。我が子がこちらの成育医療研究センターに運ばれ、何万人に一人の難病であることが分かりました。先生方の懸命な治療のおかげで、なんとか一命はとりとめました。その中で、希望の光が今回の治療でした。先生からは“この治療は、世界で初めての治療です。”と言われました。私たちは“なぜ我が子がそんな大変なことをしなければならないのか”と悩みました。悩んだ結果、命を救ってくれた先生がおっしゃるのだから大丈夫だと決断し、信頼してここまで進んできました。治療の途中も、悩み不安になることがあり、簡単な道のりではありませんでした。そのような私たちだからこそ、これから先、同じ難病に悩むご家族がいたら、この体験を伝え、相談にのり、生きる勇気になりたいと強く思います。これから先は、救っていただいた我が子の成長を楽しみに見守りたいと思います。今回の治療のために長い年月をかけ研究し、最先端の医療の提供に関わって下さった全ての皆さまに感謝申し上げます。ありがとうございました。」


(用語解説)

  • 注1 国立成育医療研究センター1):受精・妊娠に始まり、胎児期、新生児期、乳児期、学童期、思春期を経て次世代を育成する成人期へと至るリプロダクションによってつながれたライフサイクルに生じる疾患(成育疾患)に関する医療(成育医療)と研究を推進するために設立されました。日本で2施設しかないヒトES細胞樹立機関のうちの1つで、日本におけるヒトES細胞研究の拠点としての役割を担っています。

(参考資料)

  1. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)プレスリリース:先天性尿素サイクル異常症でヒトES細胞を用いた治験を実施―ヒトES細胞由来の肝細胞のヒトへの移植は、世界初、2020年5月21日
  2. NHK NEWSWEB:世界初 ES細胞から作った肝臓の細胞を移植 赤ちゃんの治療成功、2020年5月21日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)