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再生医療用語集
No.75 再生医療トッピクス

iPS細胞由来の心筋球移植の臨床研究
特定認定再生医療等委員会により適合の判定 慶應義塾大学

慶應義塾大学医学部福田教授らの研究チームが、iPS細胞から心臓の筋肉の細胞を作り、重症心不全の患者さんに移植する臨床研究について、再生医療を審査する同大特定認定再生医療等委員会に提供計画が申請(2019年5月27日)されたことは、当センターの再生医療トッピクス、No.48「心不全などに対する再生医療等の取組(2)」で紹介しました。そしてこの臨床研究の第1種再生医療等提供計画が、上記特定認定再生医療等委員会により、再生医療等の安全性の確保等に関する法律および同法施行規則の規定する再生医療等提供基準に適合しているとの判定を受けました(2020年2月5日)1)


今後、同大学病院は、当該提供計画の実施を厚生労働大臣へ申請することになります。申請後90日の間、再生医療等評価部会で再生医療等提供基準への適合性について確認を受けた後に、提供基準への適合性が確認された場合、当該臨床研究を開始する運びとなります。


なお、iPS細胞を使用した心臓病に対する臨床研究の取組は、本再生医療トピックス、No.73「再生医療による心不全に対する取組 骨芽細胞、脂肪幹細胞そしてiPS細胞 澤教授らの取組」で紹介しました臨床試験に続き2例目です。二つの臨床研究は疾患の対象や期待される効果などにそれぞれ特徴があります。澤教授らのチームは、iPS細胞から心筋細胞を作製し、同細胞をシート状の心筋シートにし、虚血性心筋症の患者さんの心臓に移植します。この移植により、血管再生などを促す物質が放出され、血流の改善などが見込まれます。福田教授らのチームは、心筋細胞から心筋球を作成し、同心筋球を拡張型心筋症の患者さんへ、特殊な注射針で心臓へ直接移植します。その後、移植した心筋球が成長し、拍動の改善が図られます。


1.臨床研究の概要

慶應義塾大学医学部循環器内科福田教授らの研究チームは、iPS細胞から心臓の筋肉の細胞を作製し、重症心不全の患者さんに移植する臨床研究について、第1種再生医療等を審査する同大特定認定再生医療等委員会に計画を申請していました2)-3)


難治性重症心不全に対する治療法は、心臓移植が行われますが、ドナーの不足は世界共通の問題です。同臨床研究の目的は、心臓移植に替わる新たな治療法として、再生心筋細胞移植を開発することです。臨床応用するためには、iPS細胞を大量の心筋細胞に分化培養し、効率良く純化精製する必要があります。福田教授らのチームは、これまでに以下の研究成果を得ていました。

  • ① 無ブドウ糖乳酸培地を用いて世界で初めてiPS細胞から分化した再生心筋の純化精製に成功し、安全なiPS細胞の樹立法および未分化iPS細胞の培養液の開発に成功
  • ② 十分な再生心筋細胞を獲得するために心筋細胞の大量培養の方法を確立

同臨床研究では20~80歳の患者さん、3人を対象にします。iPS細胞から作製した約1,000個の心筋細胞を「心筋球」という塊にして、心臓を傷つけないように先端を加工した特殊な注射針で心臓に移植します。心筋細胞が成長して心筋になります。「心筋球」にすることで移植後に血流が生まれやすく、心臓で正常に機能しやすいということです。3人の患者さんに移植し、安全性と、心筋球が成長して心臓の収縮機能が改善する効果を確認する予定です。


臨床研究の対象となった患者さんに治療上の有効性が認められる可能性はありますが、今回の臨床研究における主要な目的は、移植した再生心筋細胞および移植方法の安全性を確認することとしています。当該臨床研究で安全性が確認できた場合、将来的な計画として、移植する細胞数を増やすことによる有効性の検討や、「拡張型心筋症」だけでなく、虚血性心疾患など他の原因に起因する種々の心不全における安全性や有効性の検討を行いたいと考えておられます。


移植細胞は、あらかじめ京都大学iPS細胞研究所から提供を受けた医療用iPS細胞から、慶應義塾大学で移植用心筋細胞を作製し、凍結ストックとして保存しておきます。研究計画に定められた基準を満たす難治性重症心不全の患者さんから、本臨床研究への参加に関する同意が得られた場合、凍結保存済みの移植用の再生心筋細胞を解凍して移植用に最終調製し、心臓の左心室の壁内へ移植が実施されます。移植後は、一定期間の免疫抑制剤の使用、および通常の保険診療の範囲内のリハビリテーション治療などを行い、約1年間の経過観察を詳しく行う計画です。


2.臨床研究の背景

心不全は、心筋梗塞や心筋炎等のさまざまな理由により心筋細胞が失われ、心臓の収縮機能が低下する病態です。国内には100万人以上の心不全患者さんがおり、このうち10 万人以上が難治性重症心不全の患者さんとされています。これまで難治性重症心不全の治療としては心臓移植が行われていますが、ドナー不足のため年間50例程度しか実施することができず、これ以外には有効な治療法はありませんでした。


しかし、福田教授らによるこれまでの研究により、再生心筋細胞をこれらの患者さんの心臓に移植すれば、難治性重症心不全に対する有効な治療になる可能性があることが分かってきました。また京都大学山中教授らにより開発されたiPS細胞に、福田教授らが開発した高効率で均質な心筋細胞へ分化誘導する技術を適用することにより、難治性重症心不全に対する移植治療に必要な再生心筋細胞を、迅速かつ大量に作製することができるようになってきました。すなわち、あらかじめiPS細胞から十分な移植用の再生心筋細胞を用意しておくことにより、速やかに、これを難治性重症心不全の患者さんの心臓に移植することが可能になります。


3.iPS細胞心筋治験へ向けて28億円調達4)

慶應義塾大学発の再生医療スタートアップのハートシードはベンチャーキャピタルのSBIインベストメントなどから28億円の資金を調達したとしています。2020年末にも国内でiPS細胞を使った心臓の再生医療治療法の臨床試験を始める計画で、心筋細胞の量産に向けた体制を整えるとしています。ハートシードは同大学福田教授らの研究成果をもとに、iPS細胞から作った心筋細胞を心臓に移植する治療法の実用化を目指しています。2016年にはがん化リスクの低い高純度な心筋細胞を大量に作れる方法を確立しました。今後、同大学で臨床研究を行った後に国内の数施設で臨床試験に入る予定とのことです。2023年までに販売を目指しています。


(参考資料)

  1. 慶應義塾大学医学部プレスリリース:「難治性重症心不全患者を対象とした同種iPS細胞由来再生心筋球移植の安全性試験」の臨床研究について、2020年2月6日
  2. 朝日新聞DIGITAL:iPS細胞から心臓の筋肉 慶大、2019年3月29日
  3. 日本経済新聞:慶大、iPS使う心臓病の臨床研究を申請 学内で、2019年5月27日
  4. 日本経済新聞:慶大発スタートアップ、iPS心筋治験へ28億円調達、2019年11月21日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)