NPO法人再生医療推進センター

第5回 元気の出る再生医療

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再生医療のA B C-イモリは再生の夢を見るか?-

4.ジキルとハイドの真実は移植・再生医療の先駆者?

NHKで放送されていた「フランケンシュタインの誘惑」(放送終了)という番組を知っていますか? NHKとしては比較的珍しいダークで少しオタクな科学史の番組です。 科学の発展に非常に大きな貢献をしているにも関わらず闇に埋もれているものに光を当てて、その真実の姿を見せようとする番組です。

この番組で2016年8月25日にジョン・ハンター(1728年生- 1793年没)が取り上げられました。 近代外科医の父と呼ばれるジョン・ハンターは、一方でジキルとハイド(原題:ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件(ロバート・ルイス・スティーヴンソン著、 1886年出版))やドリトル先生のモデルとも言われています。両極端なお話のモデルって変ですよね。 近代外科医の父と呼ばれるジョン・ハンターが、なぜ解離性同一障害(二重人格)を題材とした世界的な小説“ジキルとハイド”のモデルなのでしょうか? 実はジョン・ハンターが近代外科医の父と呼ばれるに至らしめたその実験医学的な手法と時代背景によるものなのです。 そして、ジョン・ハンターが初めて用いた実験医学的な手法は近代医学の発展には無くてはならないものであり、 ジョン・ハンターと師弟関係にあったエドワード・ジェンナーの種痘の開発、そして近代免疫学に繋がっていくことになります。

ジョン・ハンターはスコットランドの農村に生まれ、幼少時には学校での授業に馴染めず(学習障害だったのかも)、学校を飛び出し、 いつも自然の中で色々なものを詳細に観察する日常であった言われています。しかし、この類まれな観察力がその後の人生を決定づけることになります。 その後、大工になるも医師・解剖学者として成功を収めていた次兄ウィリアム・ハンターをロンドンに頼り、その下で働き始めます。 解剖用の死体の手配や解剖助手を務める中で徐々にその能力を開花させ、標本作成や解剖の実施において兄を凌駕していきます。 その能力を認めたウィリアム・ハンターは弟を著名な外科医に師事させます。1761年にジョン・ハンターは独立し、 従軍後、歯科医ジェームズ・スペンスと歯の治療と研究に従事し、成果を『ヒト歯の博物学および歯疾患の報告』として発表し、医学界で知名度を上げました。 ジョン・ハンターは、歯科治療にあたって生活に困っている人から健常な歯を買い上げ(抜く)、その歯を別の患者に移植しました。 その歯は2年ほど生着したと報告しています。これって世界初の移植医療かもしれませんね。ジョン・ハンターの凄いところは、 歯の移植をむやみに実施したのでは無く、生きた鶏のトサカ部分をつかって歯の移植実験を何回も繰り返した結果に基づいてヒトへの臨床応用を 実施している事です。この様な実験医学的な手法に基づく医学研究はジョン・ハンターが始めたものです。

1768年に聖ジョージ病院の常勤外科医となり、1772年に自宅に解剖講座を開きました。瀉血(しゃけつ)(人体の血液を外部に排出させて症状の改善を求める治療法、医学的根拠は無かった)といった非科学的な治療を内科医が実施していた時代に、ジョン・ハンターは観察し、比較し、推論することを重要視しました。現代では当たり前の考え方は当時の医学界では異端視されましたが、聖ジョージ病院と解剖講座の多くの弟子が彼の考え方を世界に広げました。その弟子の一人に種痘を発見したエドワード・ジェンナーがおり、種痘発見過程でジョン・ハンターに相談し、アドバイスを受けていた事もやり取りの手紙から明らかとなっています。

レスター・スクウェアのジョン・ハンターの自宅の表玄関側は患者の治療をする病院ですが、裏の出入り口側では毎夜のように死体が運び込まれ、解剖が行われていました。時には非合法な方法や葬儀屋にお金を渡して珍しい死体を入手していたと言われています。表では名医、裏では毎夜死体を解剖していたこともありジキルとハイドのモデルになったのかもしれませんね。ここではヒトだけでなく、多くの動物の解剖が実施され、多くの標本として現在まで保管されています。また、多くの標本を世界中から収集しました。これらの標本コレクションは現在まで保管されており、レスター・スクエアの彼の住居の別棟の博物館(ハンテリアン博物館)で一般に公開されています。

また、霊長類の解剖、骨格標本の研究から観察し、比較し、推論して、ヒトの存在は霊長類の進化によるものだとする論文を作成し、王立協会へ投稿しました。1859年に出版される『種の起源』に先立つものでしたが、論文は掲載拒否され、更に宗教界からは糾弾されました。そのため1793年に亡くなった時にはまともな葬儀もされず、棺はセント・マーティンズ教会の納骨堂に放置されたといいます。それは、1879年ウェストミンスター寺院に改葬され、新しい墓に王立外科医師会による「科学的外科の創始者」という銘文が贈られ名誉が回復されるまで続きました。そして投稿論文も正式に受理されました。

このように近代外科医の父と呼ばれるジョン・ハンターは移植・再生医療の先駆者とも言えるかもしれませんね。 そうそう、ジョン・ハンターは貧乏な人からは治療費を取らず、お金持ちからはキッチリ治療費を取ったそうです。

(NPO法人再生医療推進センター 21研究室 篠原)

参考文献および参考資料

  • ウェンディ・ムーア著 『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』 矢野真千子著訳、河出書房新社、2007年
  • ウイキペディア、ジョン・ハンター (外科医)
  • NHKBSプレミアム (2016年8月25日(木)午後9時00分-午後10時00分)フランケンシュタインの誘惑「切り裂きハンター 死のコレクション」
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