NPO法人再生医療推進センター

再生医療相談室 回答ページ No.354


専門分野: その他

Q: 「細胞外マトリックス」での指の再生について

 先日TV番組で「魔法の粉で指を再生」と言うものを放送していました、豚の膀胱より取り出した成分を粉末にして指の切断面に振りかけて絆創膏を貼っておくと、4週間で元の状態に爪まで復元してしまうとのことです。何でもその粉は再生に必要なもの(成分)を体から呼び寄せるそうです。
以前にも指の再生について質問させていただきましたが爪までは再生は不可とのことでした。魔法の粉の使用は事故直後でしたが、第一関節より上が見事に再生していました。これが実用化された場合、過去に事故で私も第一関節直上を切断してしまい、関節は微妙に機能していますがこの様な場合でもその上の皮膚を切り取ってそこに、この粉を付けておけば同じように再生するでしょうか?また毛髪を失った部分も頭皮を切り取ってそこにこの粉を付ければ毛根が再生されて毛髪が再生することはあり得るでしょうか?是非とも教えていただきたく思います。この粉は原材料が豚の膀胱なのでとても安価だそうで、指の欠損や毛髪で悩みをもっているものには福音になるかと思います。早期に日本でも医療として認可されればと思います。

掲載日: 2008.9.27

A:

 スティーブ・バディラック博士の研究成果を紹介したテレビ番組に関連したご相談です。回答者自身は不覚にもこの番組を見ていないので、番組の内容については視た人からの伝聞に基づいた理解しかありません、また、彼らの過去の論文は確認していますが、紹介された症例について彼らに直接確認した訳ではありませんので、これらの点はご了承ください。
まず、この「魔法の粉」の正体ですが、ご相談にもあるように、ブタの膀胱から抽出したコラーゲンを主体とする細胞外マトリックス(膀胱壁を構成する細胞以外の物質)の成分で、一般に入手可能な精製したコラーゲンではないため、細胞の増殖や分化に影響する様々な因子(詳細な分析を行えば相当程度まで同定できると思いますが、詳細は不明)が含まれているものと思われます。彼らの治療戦略としては、この粉を固めて再生して欲しい組織の形に成形して再生して欲しい場所に埋め込むことで、これを足場として周囲の組織や血液中の細胞が動員されて元のような組織を再生させるというもので、いわゆる「in situ tissue engineering」(適当かどうか分かりませんが、「生体内組織工学」と訳せます)の手法です。元々のtissue engineering(組織工学)では、体外で足場に細胞を含ませた後に体内に埋め込むのが一般的なのに対し、この場合は足場だけを埋め込んで周囲組織から再生させたい細胞が入ってくるのを期待する訳です。コラーゲンは「にかわ(膠)」のことですから、通常は動物の皮膚や腱などから抽出するのですが、彼らは、尿管など泌尿器系の再生も研究しており、そのためには同じ系統の膀胱から抽出した細胞外マトリックスがより適すると考えたのかも知れません。
実は、この「生体内組織工学」の手法自体は、人工神経や人工気管として我が国でもすでに臨床応用されています。ただ、我が国で臨床応用されている材料は薬剤として認可された高度に精製されたコラーゲンで作られていますが、「魔法の粉」は何が含まれているか不明なので、抗原性や異種感染症(人以外の種の感染症が人に移ること、ブタの遺伝子にはヒト細胞に移る可能があるレトロウイルスが含まれている)などについて一定の安全確認がないと使いにくいと思われます。
さて、ご質問ですが、「過去に事故で私も第一関節直上を切断してしまい、関節は微妙に機能していますがこの様な場合でもその上の皮膚を切り取ってそこに、この粉を付けておけば同じように再生するでしょうか?」に対する私の答えは「否」です。すでに書きましたように、「魔法の粉」によって再生する細胞は埋め込んだ部位に隣接する組織(この場合は指先ですので、付着させた断面の組織)から供給されます。従って、この場合、実際にどのレベルで切断されたかが重要なのですが、爪が再生したのであれば、断面に骨や皮膚、皮下組織さらには爪の基部が残存していて、それらが再生してきたと考えるべきでしょう。実際、人差し指の末節で爪が露出している部分が全て失われたとしても、そこから第一関節までの間の皮膚の下に爪を再生させる組織(爪母)がありますので、そこから爪床(爪の露出部が付着している組織)とともに爪が再生してくることが期待されます。ただ、このような切断創に対する従来の治療法では、断端からの組織再生を期待することなく、止血や感染防止のためにまず傷口を閉じることを優先させて、断端に露出した骨を削って皮膚を縫合するのが一般的でしたから、せっかく残っていた爪母も切除されたり、爪が再生したとしても爪床が再生する余地がないために非常に短く変形してしまうのが普通だったことを思うと、この治療法がうまくいったことが良い結果に繋がったことは間違いありません。
「毛髪を失った部分も頭皮を切り取ってそこにこの粉を付ければ毛根が再生されて毛髪が再生することはあり得るでしょうか?」の答えも残念ながら「否」です。毛髪が生えるためには、毛根となる組織が供給されなければなりませんので、毛根を移植しない限り、再生するのは表皮と皮下組織だけだと思います。
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