NPO法人再生医療推進センター

No.69 再生医療トッピクス

iPS細胞からひざ軟骨、移植手術

京都大学、臨床研究を申請 来年度にも1例目

京都大学iPS細胞研究所の妻木教授らはiPS細胞(他家)から作製した軟骨組織をケガや運動などで軟骨が損傷した膝関節に移植する再生医療の臨床研究について、2019年中に同学内の審査機関に申請する方針であることが報じられました。ここでは、先ず変形性膝関節症の概要と、同関節症に対する再生医療等を含めた治療について触れ、続いて本題のiPS細胞による変形膝関節症に対する臨床研究について紹介致します。


1.変形性膝関節症とは1),2)

加齢などが原因で「ひざの軟骨」がすり減り、痛みや腫れ、曲げ伸ばしの制限とともに「ひざの変形」が起こる病気です。日本では2500万人以上もいるといわれています。特に中高年に多く、50歳用ではほぼ2人に1人の割合で変形性膝関節症があると推計されています。関節軟骨の老化によることが多く、肥満や素因(遺伝子)も関与しています。また骨折、靱帯や半月板損傷などの外傷、化膿性関節炎などの感染の後遺症として発症することがあります。


2.主な治療法2)

症状が軽い場合は痛み止めの内服薬や外用薬を用いたり、膝関節内にヒアルロン酸の注射などが行なわれます。また大腿四頭筋強化訓練、関節可動域改善訓練などの運動器リハビリテーションを行ったり、膝を温めたりする物理療法が行われます。足底板や膝装具を作成することもあいあす。このような治療でも治らない場合は手術治療が検討されます。これには関節鏡(内視鏡)手術、高位脛骨骨切り術(骨を切って変形を矯正する)、人工膝関節置換術などがあります。その病態は複雑なため、いまだ根本的な治療薬は開発されていません。


3.再生医療等による取り組み

関節軟骨は修復能に乏しく、損傷すると治癒しないことが知られています。軟骨の損傷・変性を根治的治癒に導く治療方法は現状ではありません。現状では人工の関節に置き換える手術による治療が行われています。人工関節は耐用年数に限界があり、60歳以下の患者さんへの適用が難しく、加えて高い侵襲を伴う術式のため、軟骨障害が中等度以下の患者さんにも適用しにくいという課題があります。


3.1 現状の取組

厚生労働省の「届出された再生医療等提供計画の一覧3)(再生医療等提供計画を国に届出した医療機関(再生医療等提供機関)の一覧)」の内で、第一種再生医療等及び第二種再生医療等の提供計画から変形膝関節症に関連する研究及び治療を抜粋し、紹介致します。なお、当該一覧による情報は、2020年1月12日現在のものです。

(1)第一種再生医療等・研究に関する提供計画4)

  1. 東海大学医学部佐藤教授らは、他人の軟骨細胞をシート状に加工し、高齢者に多い変形性膝関節症の治療に使う臨床研究を開始されています5),6)。軟骨では免疫反応が起こりにくいため、他人の細胞でも免疫抑制剤を使わずに済むということです。

(2)第二種再生医療等・研究に関する提供計画7)

  1. 筑波大学附属病院では変形性膝関節症に対する多血小板血漿注1)関節内注射治療 (二重盲検無作為化比較試験)の研究、膝関節機能の改善効果を指標に多血小板血漿関節内注射治療とプラセボ(薬理作用のない生理食塩水)を関節内注射する2グループに分け、多血小板血漿の有効性を比較検証する臨床研究に取組まれています。
  2. 東京医科歯科大学医学部附属病院では、変形性膝関節症に対する滑膜幹細胞の関節内注射する臨床研究が進められています。
  3. 金沢医科大学病院では変形性膝関節症に対する自家脂肪組織由来細胞群投与の安全性に関する研究に取組まれています。
  4. 大阪大学医学部附属病院では、自家培養軟骨細胞を用いた移植による低侵襲膝関節軟骨再生治療の臨床研究が行われています。
  5. 高知大学医学部付属病院では、変形性股関節症に対する多血小板血漿関節内注射療法の疼痛改善効果に関する臨床研究が取組まれています。
    (なお、医療機関の名称は提供計画の情報に基づいて表記しています。)

(3)第二種再生医療等・治療に関する提供計画8)

変形性膝関節症の治療に関する提供計画は2019年3月12日時点で26件でしたが、現在は194件となり、急速に増えております。194件の内、多血小板血漿を用いた治療は156件、脂肪由来間葉系幹細胞等を使用した治療は38件です。自由診療による治療となりますが、治療内容や費用等の詳細は、参考資料8を参照ください。


4.iPS細胞による臨床研究の取組

損傷軟骨を治療するための再生医療製品として、軟骨から製造された再生医療等製品も開発されていますが、軟骨細胞の採取量に限界があるため、iPS細胞由来軟骨を移植することによる関節疾患の治療法の開発が進められています。


京都大学iPS細胞研究所の妻木範行教授らは他人のiPS細胞から育てた軟骨組織をケガや運動などで軟骨が損傷した膝関節に移植して補う再生医療の臨床研究について、2019年中に学内の審査機関に申請する方針です9)-11)。対象は損傷部が小さい膝関節です。将来的には肘や足首などの軟骨損傷や高齢者に多い変形性膝関節症にも応用する考えです。同研究チームは臨床研究計画書を再生医療に関する学内審査機関で承認されれば国の審査に進み、2020年中に1例目の移植実施を目指しています。臨床研究が順調に進めば、旭化成(株)が実用化を検討する計画で、共同研究を通じて軟骨組織の量産技術を確立し、2029年の実用化を目指しているとのことです。


京都大学iPS細胞研究所が備蓄しているiPS細胞から直径2~3mmの球状の軟骨組織を育て、数cm2の患部に移植します。この軟骨組織が周辺の軟骨組織と結びつき、機能することを期待しています。移植した軟骨組織は血管がなく、患者さんの免疫細胞が軟骨細胞に触れることもなく、拒絶反応が起きにくいとしています。膝関節の軟骨を損傷したブタを使う実験ではヒトiPS細胞から作製した軟骨組織を移植し、約1カ月にわたり体重約30kgを支えることができたそうです。


(用語解説)


(参考資料)

  1. 中川 匠:変形性ひざ関節症 こんな人は要注意、きょうの健康(NHKテキスト)、NHK出版、p34-39、2020年1月
  2. .公益社団法人日本整形外科学会ウエブサイト:変形膝関節症
  3. 厚生労働省ウエブサイト::再生医療等提供機関一覧
  4. 厚生労働省ウエブサイト::第一種再生医療等・研究に関する提供計画
  5. 日本経済新聞::膝の軟骨、他人の細胞で再生 東海大が臨床研究研究研究、2017年1月22日
  6. 日本医療研究開発機構ウエブサイト::関節治療を加速する細胞シートによる再生医療の実現 ~東海大学における細胞イートによる軟骨再生医療~
  7. 厚生労働省ウエブサイト::第二種再生医療等・研究に関する提供計画
  8. 厚生労働省ウエブサイト::第二種再生医療等・治療に関する提供計画
  9. 朝日新聞DIGITAL::iPSからひざ軟骨、移植手術めざす 京大、臨床研究を申請 来年度にも1例目、2019年11月27日
  10. 日本経済新聞::膝関節の軟骨、iPSで再生 京大が臨床研究申請へ、、2019年3月10日
  11. 京都大学iPS細胞研究所:関節軟骨損傷に対するiPS細胞由来軟骨細胞移植に係る治験・製品化に向けた最適化の研究」について、様式 13_情報公開文書_Ver.20180309

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)