再生医療相談室

No.129 再生医療トピックス

心疾患への再生医療について

当ホームページの再生医療トピックスでも心臓に関する再生医療については過去に多くの記事を掲載してきました(No.17、No.46、No.50、No.51、No.57、No.63、No.73、No.75、N0.106、N0.108)。


topics-fig

ヒトの心臓には自己再生能がほんの少ししか備わっていないと言われています。心筋細胞には再生能力があまりないです。確かにヒトの心臓は複雑で精巧にできているので、再生するとしても大変なことでしょう。そこかしこに再生能力を持つ幹細胞が存在して,もし勝手に分裂するような事があると大変。システマティックな働きに不具合が生じる可能性さえ出てくるでしょう。一般に臓器の再生には調和を持った細胞や組織の再生が必要です。

ゼロから心臓を再生しようとする試みは,再生医療トピックスNo.106「マウスのES細胞でミニ心臓作製」でお知らせしました。東京医科歯科大学の石野教授らの研究グループが「マウスのES細胞から、実際に拍動する1mmほどの“心房や心室などが備わったミニ心臓”の作製に成功したと発表しました。幹細胞等から作製した臓器を移植に使えるほど大きくすることは現時点では技術的に難しいようです。このため現時点では、再生しうる細胞(=代表的には、iPS細胞、ES細胞、間葉系幹細胞といった幹細胞)を用いて、ヒトの臓器を作ることより、治療薬の反応を確かめたり、病態解明に応用したりする研究が盛んです。間葉系幹細胞では様々な成長因子、サイトカイン、蛋白分解酵素を分泌するので、細胞、組織、臓器の修復作用、炎症をコントロールする作用、異常に蓄積した不要なタンパク質を除去する作用などによる疾患の治療も行われています。iPS細胞から作った心筋細胞、心筋細胞に分化する間葉系幹細胞、心臓幹細胞、Muse細胞などを使って、心臓にスプレーで噴霧したり、細胞シートを心臓に張り付けたり、心臓に注射したり、静脈から投与したりする試みも行われています。

2022年1月7日に遺伝子操作して作られたブタ心臓をヒトへ異種移植する試みもメリーランド大学医学大学院の医療チームによって実施されました(Newsweek/2022年2月18日(金)「ブタからヒトへの「心臓移植」を成功させた医師本人が語る、医療技術と生命倫理」)(残念ながらこの患者は、2022年3月8日に亡くなられたそうですが)。

遺伝子治療によって心臓細胞の自己再生能をもたらそうとする試みも米ベイラー医科大学教授のJames Martinらによって行なわれています。「ブタを用いて、心臓細胞の自己再生能を活かした遺伝子治療の臨床試験で心筋梗塞によって損傷を受けた心機能が治療後に改善することが示された」ことが発表されています(Shijie Liu et al.「Hippoシグナルのノックダウンによる遺伝子治療が心筋梗塞後のブタの心筋細胞の再生を誘導する」Science translational medicine. 2021 06 30;13(600); pii: eabd6892. )。

心筋梗塞(しんきんこうそく、英: myocardial infarction)は、虚血性心疾患の一つで、心臓の筋肉細胞に酸素や栄養を供給している冠動脈に閉塞や狭窄などが生じ、その為心臓に行く血液流量が下がり、心筋が虚血状態になり壊死してしまう疾患です。通常は急性に起こる「急性心筋梗塞(AMI)」のことを指します。心臓麻痺・心臓発作(英: heart attack)とも呼ばれます。(参考:ウィキペディア(Wikipedia)心筋梗塞)。日本では癌に次いで多い死因が心疾患でその多くがこの心筋梗塞です。

世界的死亡原因の一つである心不全は、成人の心筋細胞(cardiomyocytes)の再生能力の低さにその一因があります。仮に血流が途絶えて、心筋の一部が壊死したとしても、再生してそれを補うことができれば、心筋梗塞も「治る」からです。Liuらは、ブタの虚血再灌流誘発心筋梗塞モデルを用いて、心筋梗塞後の成豚の心筋細胞の内因性のHippoシグナル伝達経路をノックダウンする遺伝子治療を行いました。Hippoシグナル経路は、遺伝子改変マウスにおいて心筋梗塞後の成体心筋細胞(心筋細胞)の増殖と更新を抑制する抑制性キナーゼカスケードです。本研究では、ブタの虚血再灌流誘発心筋梗塞モデルを使っています。Hippo経路遺伝子Salvador(Sav)を境界域心筋細胞で局所的にノックダウンするアデノ随伴ウイルス9(AAV9)ベースの遺伝子療法を検討しました。心筋梗塞の2週間後、ブタに左室収縮機能障害が生じます。この時点でAAV9-Sav-short hairpin RNA(shRNA)或いは緑色蛍光タンパク質(GFP)を持つコントロールAAV9ウイルスベクターをカテーテルを介して心内膜下注射で境界域心筋細胞へ直接投与しました。注入から3カ月後、高用量のAAV9-Sav-shRNAで処理したブタの心臓は、コントロールと比較して、左心室収縮機能の指標である駆出率が14.3%改善し、何と心筋細胞再生が生じていることが確認され、瘢痕(心筋細胞が死んでしまった‘焼け跡’)も小さくなっていました。AAV9-Sav-shRNAを投与したブタの心臓では、毛細血管密度が増加していました。この遺伝子治療は安全性が高く、亡くなったブタはいませんでした。さらに、遺伝子組み換えでは発癌の危険があるのですが、この研究では肝臓および肺の病理学的検査で腫瘍の形成は見られませんでした。


このようにHippo経路のノックダウンされた細胞は自己限定的な分裂を行うようになり、その結果、治療したブタでは効果的に組織が再生され心機能も改善されることが確認されました。この知見は、心筋細胞におけるHippo経路のノックダウンが、組織の再生能向上と機能の改善をもたらしうることを示しています。ヒトでも、心筋梗塞後の心臓修復ができる可能性を示唆し、心不全治療に有用となるかも知れません。

(adipocyte + neuron / 20220526)