NPO法人再生医療推進センター

No.111 再生医療トピックス

iPS細胞から網膜シート、神戸の病院で世界初の移植手術

当再生医療トピックスNo.107で「iPS細胞由来網膜シートを今秋、移植へ」をご紹介しました。その後、神戸市立神戸アイセンター病院において、網膜色素変性症注1)の患者さんに対して10月上旬、移植手術が行なわれたことが明らかになりました1)、2)


1.はじめに

目の疾患に対する再生医療等の臨床研究・治験の取組みは図1に示す通り、滲出型加齢黄斑変性、角膜上皮幹細胞疲弊症、水疱性角膜症、網膜変性疾患などに対して行われています。遺伝性疾患の網膜色素変性に対して、神戸市立神戸アイセンター病院が申請したヒトiPS細胞由来網膜シートを移植する臨床研究計画は、厚生労働省の厚生科学審議会再生医療等評価部会で了承され(2020年6月11日) 3)、同病院は、iPS細胞で作製した神経網膜シートの移植手術を実施しました。


2.iPS視細胞移植の臨床研究の概要

iPS細胞で作製した神経網膜シートの移植手術を、神戸市立神戸アイセンター病院が今月上旬に実施しました。移植手術の対象は網膜色素変性症の患者さんでした。光を感じる網膜の視細胞が周辺から死滅することで視野が狭まり、最終的には失明に至る疾患です。国の指定難病である網膜色素変性は有効な治療法がない遺伝性疾患で、我が国の失明原因の第2位の疾患であり、2018年度に医療費の助成を受けた患者さんはおよそ24,000人だそうです。

目に関するiPS細胞を使った臨床研究・治験は、これまで2014年に「網膜色素上皮シート」、2017年に「網膜色素上皮細胞」、2019年には「角膜上皮細胞」などの移植手術があります。いずれの疾患も、他に治療法がありますが、網膜内の細胞減少によって徐々に視力低下などが進む網膜色素変性に対しては根本治療法がなく、iPS細胞による再生治療に期待が寄せられています。

同移植手術のねらいは、移植する神経網膜シートが拒絶されることなく定着し、がん化しないことなどを確認することにあります。移植の対象は、2人の網膜色素変性の患者さんです。網膜色素変性は、光を感じる網膜の視細胞注2)が正常に機能しない、あるいは失われることで、失明するおそれもあるとされています。

今回の移植手術では、iPS細胞から作製した視細胞になる直前の前駆細胞を使った直径約1mm、厚さ約0.2mmのシートを1~3枚、網膜下に挿入し、再び正常に光を受けとめられるようにすることがねらいです。移植には京都大学iPS細胞研究所が、健常者から作製して備蓄しているiPS細胞が使用されます。神戸市立神戸アイセンター病院で移植手術が行なわれ、腫瘍や拒絶反応の有無など、安全性を1年かけて評価すると計画です。

10月16日に記者会見が開かれました。今回の手術では、関西地方に住む60代女性患者に対し、10月上旬、健康な人のiPS細胞から作った視細胞になる直前の「前駆細胞」を使ったシート(直径約1mm、厚さ約0.2mm)3枚を網膜下に移植しました。予定通り約2時間で終了し、現在も容体は安定しているそうです。栗本院長は「末梢神経と違い、中枢神経は再生しないというのが長年の医療界の常識だった。実際に患者を治療することができ、中枢神経の再生に向けた第一歩だ。ほんの小さな1歩だが、この第1歩を無事に踏み出せて感慨深い」と述べられました1)

同臨床試験を進めている研究チームによりますと、成人の網膜は千数百㎜2あり、今回の移植で移植できるのは面積にして数%程度であり、患者さんの視界が格段に変わることは期待しにくいですが、臨床試験のレベルが上がって移植面積が増えれば、光だけでなく、色を識別する能力につながることも期待できるとしています。安全性が確認できれば、枚数を増やすことを検討されています。


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図1 目に関する再生医療等取組一覧


(用語解説)


(参考資料)

  1. BIGLOBEニュース:「小さな第一歩だが無事に踏み出せた」iPS視細胞を世界初移植 施術の神戸の病院会見、2020年10月16日
  2. 読売新聞オンライン:iPSから網膜シート、神戸の病院で世界初の移植手術、2020年10月15日
  3. 朝日新聞DIGITAL:iPS視細胞移植、国が臨床研究了承 網膜色素変性の患者対象、2020年6月12日

(y. moriya / 2020.10.20)